2017年3月20日月曜日

飛龍高校相撲部、当方ゆかりのOBの活躍 in 大相撲

大相撲、なんだあの序盤の荒れ具合は・・・・・・!横綱になった稀勢の里関、そして後を追う高安関だけが、その荒れとは無関係な顔をして・・・・・・。

そんな大阪場所中、折り返し地点ですが、前に「ネタが無いもんで」とぶっちゃけましたら、「はるかのちち」さんからネタのヘルプがありまして、「悠翔くんを追え」の他に、三島相撲クラブ、飛龍高校がらみで、ひとネタできないか、と。

飛龍高校との関係も、2010年の大会からです。ブログで個々人の名前まで把握するようになってから、その後の活躍を追えるようになりました。

2012〜2014年に来てくれた、金森成男君。
「龍司(りゅうつかさ)
卒業後、入間川部屋で幕下力士として頑張っています。三段目、序二段のところで、行ったり来たりですが、今場所は三段目復帰で白星スタートからのストレート4連勝で、早くも勝ち越し!順調です。

映像探したけれど、「龍が如く」しか出て来ない。www

同じ世代の、庵原一成君。
「翠富士(みどりふじ)」
卒業後は近畿大学へ進学しましたが、中退し、伊勢ヶ浜部屋へ。昨年9月場所から、前相撲、序の口、序二段と一場所ごとに順調にきて、現在、西三段目19枚目。1月場所では、序二段の優勝決定戦に。そのとき、同部屋対戦でどっちも「〜富士」だったし、本割での情報だけ見ていたら、見間違えて優勝かと勘違いしました。なので、ちゃんと探しました。
今場所も白星スタートですが、2勝2敗。栗原大介先生は、三段目で少し躓くだろう、と予想しているそうで、そんな感じの中日を迎えました。まだまだ1週間、勝ち越しへと歩を進めて欲しい!

髙1の時に、小学4年の悠翔くんに、「お前とは将来、真剣勝負をする気がする」と言い残したそうです。普通に考えると、お兄ちゃんが小さい子に言うには、変な感じがしてしまいますが、たぶん本物同士の間にしかない、「勘」なんでしょうね。そうなるのが見てみたい!

さてさて、最近で一番記憶も新しいところですが、鈴木英樹君。
いまの三島相撲クラブの「長兄」。会長さんのご子息ですからサラブレッドです。岩手国体で個人戦全国5位の実力を持って、春日野部屋に入門。卒業式には出ずに、さっそくこの大阪場所で、「前相撲」です。

「栃幸大(とちこうだい)」
「鈴木」じゃアレなんで(笑)、早速しこ名が付きました。由来は、恩師である三島相撲クラブコーチ・栗原幸喜先生、そしてこちらでおなじみの相撲部顧問・栗原大介先生の名前を1文字ずつ取ってのしこ名です。従兄弟同士の名前を1文字ずつ取ったのも面白い。まるで「家族」ですね。

番付外の前相撲なので、様子が分からないですが、映像、さっそく見つけちゃいました

あっ、父ちゃんのお店もよろしく!「光玉母(こうぎょくぼ)食堂 めし しんちゃん」メガ盛系好きな方にオススメwww。シゲ17番の鈴木俊雄さんは、すでに行きつけのようです。なので、俊雄さんが2014年時に指名相手に選んだのはそういう訳だったのです。

他の2016年度で卒業のメンバーは、酒井君は東洋大学へ。鈴木いおり君は医療系専門学校へ。川口にかわいがられていたw、中津留君は某自動車メーカーへ。
栗原大介先生の出身校、東洋大学には、庵原君と同世代で、宇佐美君や久保君が行って活躍しています。今の時代は、大学卒業後に大相撲に入る人も増えていますので期待です。

それぞれに頑張って貰いたいです!!
はるかのちちさん、情報ありがとうございました!!

2017年3月13日月曜日

悠翔くんを追え13

久しぶりに相撲のことが書ける〜♪w

悠翔くん、小学生最後の最後のイベント、「かしわ少年相撲交流会」です。前年度は、ここで5年生の部で優勝しました。さてさて、どんなになるでしょう。

第一印象、仕切りの後ろ姿がカッコ良くなった!(笑)たぶん、体格が少しですが変わり始めたのだと思います。
結果は準決勝で敗退です。それまでは良いところが、良い形で出ていましたし、集中も出来ていたかと。準決勝であたった小林くん、悠翔くんに攻められたときに、敏感にスキを見つけて、絶妙なタイミングで引きに出た。悠翔くん、それについて行けずに、左足を出しきらず、フォローが出来なかった。ちちさんも、「左足が出ていなかった」と書いています(なぜか英語でw)。何度か見たような・・・・・・、足が開かない形で転ぶところを。

決勝に出た小林くんも強いけれど、さらに富岡くん(聞き間違い→「小宮山くん」by 悠翔)も、細身だけれど、瞬発力を存分に活かす姿も印象的でした。ただ、少し荒っぽさ、というか、いままでオーソドックスな相撲が中心の小学生に、中学や高校の相撲のような、良い言い方でスピード感がある、悪い言い方で荒削りな機敏さが見られました。悪いわけでも、違反でも無いのでしょうが、早い段階でこれだと、怪我に繋がって、将来を縮めなければ良いな、と心配にも感じました。

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悠翔くんの応援、ということで、大会出場の様子を取り上げてきました。
ここで、自分のような立場で感じるのは、「応援」というのは、良いときには「やった!やった!」と言えて良いのですが、振るわないと「次に頑張って欲しい」という形で終えるのがパターンに・・・・・・。まぁ、それはこっちの都合なので、どうでも良いです。

4年、5年生時に良い流れがあったからこそ、楽しく相撲が出来たと思います。早い段階からトップ戦線にいた悠翔くんは、全国から警戒の目で見られていたことが、ここのところで明確に。
6年生の間は、彼にとって振るわない場面も見ることがありましたが、仮に自分が少しでも相撲の経験があれば、具体的に「ここをこうして」と、次のヒントになることを言えるのですが、まったく言えない。応援することにも、プレッシャーを与えるばかりになる事が気がかりです。特に「相撲」というものが、一瞬で決まる競技なので、試合の結果だけの評価になりやすいです。「今の時期にやっておくべきこと」を見ずに、結果の評価はこちらも気をつけないといけない。

見させて貰った大会映像の中で、ここ6年後半になって急に浮上してきた子もいましたね。その子たちが「どういう努力をしてきたか」を知る時期かも知れません。結果は気にせずに、「いま相撲で何を体得したいか」のほうに集中して、結果には少し無関心な方が良い時期なのかな、と。「3年先の稽古」とは、そういうことなのかも知れないですね。

当然、これからも、応援。そして、彼がまた相撲に精進していくのと同時に、自分の「相撲観」も成長できるように頑張ります。

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さてさて、来月には中学生。学ラン(かどうか知らないですが)も特別ですかね(笑)。さて、何度買い換えるようになるのか・・・・・・、特にズボン。父の苦労を偲びます・・・・・・w。「相撲少年あるある」として、裏打ちしてあるのがデフォルト?

ところで、4月11日(火)に三島で大相撲巡業があります。
なんか、噂では悠翔くんも呼ばれているとか・・・・・・。でも火曜日じゃん?いきなり欠席か?

2017年3月6日月曜日

「まち・ひと・しごと新聞」

今シーズン初風邪を引きました。面白くない文章をたくさん書き出して結局やめてしまったのは、すでに風邪を引いていたせいだと見る。

先日、三島信用金庫湯ヶ島支店へ行きましたら、ATM横にこんなペーパーがおいてありました。
「まち・ひと・しごと新聞」と銘打って、韮山高校の写真報道部が制作して、さんしんが発行したA3版の新聞です。内容には、桃中軒・徳造丸・オラッチェについて特集されていました。詳しくは、さんしんに行って頂いて、手にとって貰うほうが良いと思いますが、お約束としてPDFあり。

これを、どのような経過で発行することになったのかは、ちゃんと聞いてみないと分かりませんが、推察するに「伊豆半島の銀行として、地元企業の魅力を紹介することで、若者層の安易な人口流出に歯止めをかけようと、地元最有力の高校に声をかけた」のかと思います。
いいですね、こういう取組み。特に、大学進学率の高い高校ですから、良い人材を外に出す前に種を撒いておくのは戦略的です。
実は、ボツにした記事も、これに絡む話だったんですよね。


以前に「伊豆市の人口流出対策が最大課題」と記事に書きました。でも、それは日本の地方全体で起きていることです。減少率では、伊豆市はまだまだ良い方。

2000年以降、地方からの都市部への流出の多さは、1955年〜1973年の高度経済成長期と同等の流出量なんですね。逆に1973〜2000年頃までは非常に安定していました。自分が進学した前後の世代が、この時代の最後になります。最も競争が激しかったのですが、進学率は28%ほどでした。進学で都市へ出る人もいる一方、地元をがっちり固める、「4人に3人」の可能性がありました。それ故に、地方は地方として経済が成り立つほど、人口が保たれていました。

今の進学率を知っているでしょうか?52%だそう。マジ!?2人に1人ですよ!
「比率」では増えていますが、「絶対数」では微増。若年層人口の減少に対して、専門学校の内容の大学が増えたために、定員数では過剰な状態です。今は、優秀だから進学を考える、というより、行けるから行く感じです。商売目的の大学が、若者を安易に吸い出してしまう原因の一端です。この大学生が、「地方に仕事がない」と決め込んで、大学の近くで職を探す。逆に地元で仕事を探そうとしたことがあるのだろうか?

今の生産人口の、サラリーマンの割合は9割。ピンと来ないかも知れないですが、いまだかつて無いほどの大きい比率だそう。1950年年代では3割でした。事業主(農家を含む)が多かったんですね。バブル崩壊後しばらく経った90年代後半に、銀行の倒産や統廃合が相次ぎ、それによって、煽りを受けたのは人口の基盤が薄い、地方の事業者が廃業に追い込まれること(貸し剥がし)が多くありました。このころ、派遣法の改正もあり、派遣業に規制がかかっていた業務に対して参画できるようになり、正社員の求人数が最悪の状態でしたので、多くがここに群がることになりました。これが2000年以降から現在の地方人口流出に大きく影響したと思います。

サラリーマンが多すぎると、個別の所得は減っていきます。生産の成果はほぼ横ばいの中で、労働力のシェアが成されてしまうから。「隠れ貧困」も出てきているのは、所得の低下が原因です。そのため、共働きが当然になります。働くと扶養控除の範囲程度で済むはずもない。そうすると待機児童の問題が出てきます。もともと高度経済成長期に都市部に移住した人の二世、三世が多いところに、さらに地方出身者が集まっているので、行政サービスの面が追いつかないのです。自ら進んで孤立無援を選択したのでもあるのだけれど、迷惑しているのは、都会が地元の人です。
よく問題視されてきた事の全ては、全部繋がっていることがわかります。絡まって根が深いです。

若いうちに都市に出るのは良いと思います。学生が上京してくることは、都会の人にとっても理解がありますし、商売の種でもありますから。20代のうちは都会で仕事をするのも良いでしょう。挑戦したい気持ちを持つことは大事です。
都会とは、自分よりもっとスゴイ奴がたくさんいることを知るところです。しかし、現実を知る、ということは「諦め」ばかりでもないでしょう。都市では埋もれてしまう才能や能力は、地方で活きることもあるのです

ただ、何らかの事情で地方を出るにしても、出身地を否定することは、自分のアイデンティティの否定です。気にしなければ良いわけではなくて、深層心理で自分を傷つけることになるのです。それはどこかで噴出することになります。事件にならないまでも、生活面で充足しない心が生まれます。都会のギスギスした空気の原因です。世に「根無し草」が疎まれるのには理由があるのです。

地方に戻ることは、30代以降は徐々に難しくなります。地方と都会の大きい違い、地方は「どこの誰兵衛」かが重要なので、生きる基盤を早めに作る必要があるからです。それは、消防団に代表されるように、身を提供する以外に認められる方法は無いのです。
それがウザイ?以前に話し合ったことがあるのですが、ここ天城で暮らしている人は、消防団でも地域の役にしても、「やる前はウザイと思っても、やってみたら楽しかった」と肯定的です。
地方も暮らせば悪くない。

ここまで書きおいたものです。一般論から、個別へ、伊豆半島、伊豆市、天城へと落とし込みたいところなんですが、行き詰まりました。なんとなくボツにしたのに、1週おいたら、良いキッカケが飛び込んできました。

こういった形で、高校生が主体になって、「地域・仕事の魅力」を発信することに価値があるのですね。もともと、中小零細企業が多い地方です。「情報発信力」が無いのです。HPもなければ、SNSが無い企業なんて普通です。また、求人を起こすことも、小さい企業には負担であるのも事実です。「うちに来て来て〜」と手を振るのは苦手です。ならば、業務を知って貰う、ということが自然な広報だと思います。

この「どすこい天城大相撲実行委員会」として果たせる役割も、この高校生と「さんしん」の取組に通じるものがあるのではないか、と感じています。

2017年2月27日月曜日

ネタが無いもんで

「打撲」を「相撲」と読み間違えるのは、さすがに終わっていると思う。

えっ?間違えたのかって?・・・・・・ふふふ。w

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記事を書いていたのですが、相撲にも関係ないし、まぁ、真剣にこの地方のことを考えた内容ではあるんだけど、面白味が全く無かったので、ボツにしました。

というわけで、以前に作った、ポスターの試作品なんかを、ご覧ください。

2017年2月20日月曜日

78:22

「78対22の法則」というのをご存じでしょうか?>NAVERまとめ

まず、この「どすこい天城大相撲実行委員会」が発足した当初のことを思いおこすと、連絡簿には30名程度の名前があったと思います。初年度に消防団を中心に集めました。たぶん、天城地区の消防団員は150人ぐらいだったように覚えています。そう、およそ2割前後の人が、この団体に呼応したと言えそうです。いわゆる幹部メンバーと数えられているのは、実行委員長、副実行委員長と、各班班長で、6人か7人です。やっぱり2割。ん〜、組織を組んだ時点で、この法則を知っていたのか?と思えるほど(笑)。

現在は、初期からのメンバーは、ほぼ消防団を卒業していて、「150人の消防団」という枠組みから出来た組織では徐々に無くなっていった。全然気付かないうちに、委員会自体が分母になったので、現在メンバーのなかで「78対22の法則」が発動しまっていないだろうか?と、ふと思ったのです。

先に概念的な話をします。
22%に依存する78%の関係性になっていくことは、不思議と集団において、個々人がこういうバランスに自然と振り分けられてしまう。能力とかの問題では無い、と言えます。
22%側の数が減らない限り、78%側の人が22%側に移ってくることもありません。逆に、居なくなれば新しく意欲的な人が自然と出てくるわけです。つまり、無意識で自分のポジションというのを、周りを見て設定しているのが、自然の摂理なわけです。
22%側に居る指導的な人の影響力・存在が完全に無くならないと、組織内バランスが変わってこない。企業や団体の「定年制度」は、組織の「持続性」を考えると必要な理由はそれなんだろうと思います。

このバランス関係を考えると、「多数決」は妥当なのか?と思ってしまいます。安易に「みんなの意見」として、78%側に意見を聞いても、運営することとは無関係の、前進性の無い話が出てくるばかりで、まとまらない事が容易に想像できます。なぜなら、運営上おきる問題点や、提案のことを、自分の問題として理解はしていないからです。

良く「多数決=民主主義」と思っている人いますが、「民主主義」は政治システムの言葉で、そのほとんどは「間接民主主義」といって「選出された代表者の多数決」のことで、単純な多数決とは根本的に違います。
単純な多数決と言えば、「国民投票」がありますが、法的拘束力を持たないものであることが普通で、それがほとんど行われないのは、専門家でも無く、国家機密を知ることも出来ない、責任の無い一般人に判断させるのは難しいからです。
民主主義は、トップが無能でも機能する安全装置に過ぎません。だから「ベストではないがベターである」と言われます。民主主義を謳っていても、どこの国でも「有能な強い指導者」、民主主義上の「君主」を求めている現実は、「みんなの意見で決めているわけでは無い」ことの証左です。

そもそもですが、企業であれば、株式公開するほどの規模の企業でなければ、社長の専制君主制なわけで、それに何の問題もありません。政治と、個別の組織の運営を混同すると変なことになります。
任意団体の場合、この扱いをどちらに振るのかが難しいですが、代表者信任と、有能なトップの指導で決めていくのが、民主主義と専制君主の良いところを取っていけると思います。22%の人が、78%の事柄を決めてしまっても、これなら問題なさそうです。
そう言う意味で、初期の頃に物事が勢いよく進んだのは、その両方が揃っていたからだと理解出来ます。

ではこれからの委員会の話をしましょうか。
先に話したように、「150人の消防団の中から30名」という意識があったから、そもそものモチベーションが高かったわけです。消防団がらみでは二度とできなさそうなので、「モチベーションの高い30人」を作る方法として、120〜150人のサポーターを集める方法はどうでしょう?自分たちの外郭に、こちらに好意的な人がいる必要があるのです。

まず、第一点目として、過去の選手参加者へは、アフターフォローが少ない。
その方法として、たとえば高校や大学である、「校友会」みたいなものがあります。季節ごとに会報誌が今でも送られてきます。まぁ、寄付金目的のことも多いですが、何年経っても、そこの卒業生だ、という意識は生まれます。そういうことをしてもいいのでは?

参加選手を30名集めたかったら、150人に声を掛けないといけないのではないか、ということも言えそうです。以前に、相撲に関心が高く、実践できる集団があった方が良い、ということも、150人にまで話を拡げるために、外郭の組織として必要だと思うのです。

もちろん現在、金銭支援を頂いている協賛者へも、少し恩返しを返さないといけないです。懸賞幕を出した人は「意欲的に行動を起こしたサポーター」です。こちらが、どのように有効に利用しているのかを、少しは知りたいと考えるでしょう。別に決算書を見せるわけではなくて、いかに活動しているかの報告でいいわけです。

新たに、比較的に大人数が集まっている場所というと、学校なんていうのはどうでしょう?高校生にアプローチしておくことで、将来の種を撒いていくことも効果があるでしょうし、どこかに高校生が関わることができるポイントを作っても良いでしょう。

つまりは「近視眼的に委員会のことだけを考えていると発展しない」っていうことが言いたいのです。外郭に何があるかによって、委員会が変わってきます。その目標値として「78:22」を使って、「サポーター」という拘束性の無い会員集団を作る必要があるのだと思うのです。

昨年か一昨年でしたか、「どすこい通信」みたいなチラシを市内に配布したいとの提案がありましたが、費用の面で、年に1回のチラシしか作れないことがわかり立ち消えになりました。しかし、このサポーターに限定すれば、小さい費用で可能です。
今であれば、SNSもあります。ただ、それが難しいのは、世代ごとで主力のメディアが別々なのが問題で、それらは全部網羅しないといけません。

そもそもですが、東京ラスクの周年祭に出店しているのは、委員会が存在していることをアピールするものです。もっと出て行く必要があるといえそうです。極端に言うと、「どすこい天城大相撲」のことを、天城地区のおよそ6000人強のうち、1200人に認知されている必要があることも目標値です。
田舎なので特にそういう、リアルでの接点・露出が重要で、そこにSNS誘導していけば、この話はそうそう難しい話では無いと思います。そして、それらは定期配信しないとダメです。

それ以前に、クリアしないといけない課題は、年1回のイベントではなく、年間を通じて活動していくモノがなければ、これらサポーターを囲っていくことは難しいでしょう。

どうでしょうか?
「難しい」「そこまでやりますか?」って言われそうだけれど、やれても、これらのうちの78%です。それで良いんです。